芝桜で描く竜神伝説

勤電車の中吊り広告やTV、雑誌などでバンバン特集されていた「富士芝桜まつり」。

あれだけ毎日、目で見て、耳で聞いては否が応でも興味が湧くというものです。最近の戦略広報の流れでもありますが、新聞、TV等でニュースとして取り上げられることにより、連鎖反応的に雑誌、ラジオ、TVなどが追随して特集を組み、それを経験した一部の人々が体験談をインターネットで発信し、それをみた消費者が情報の信憑性を確信し、さらなる消費行動へと駆り立てられるという仕組みです。まんまとその戦略の乗ってしまった言い訳をしてもしかたありませんが、これは一度は見なくてはと妙に落ち着かない気分になり、このゴールデンウィークにいってみることにしました。

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腰がうずうずしていた者が弊社にもう一人おりまして、彼女は早々と5月2日に現地にいったもようです。その情報によれば、6時半東京発でもすでに遅し!とのこと。サンデードライバーの事故渋滞に巻き込まれ、現地ではランチの食券を買うのに並ぶ、さらにそれを現物と交換するのに並ぶ、、、のだそうです。

それではと、こちらは山中湖近辺に前泊し、5月4日の朝8時半に出発しました。やはり出足がやや遅かったか、河口湖で早々と渋滞に突入してしまいました。しかし、渋滞はこのあたりだけ。最近はナビという便利なものがあります。美しい別荘地を通り抜け、混雑することもなく、無事にシャトルバス乗り場までたどり着きました。約一時間の快適ドライブです。

上の写真のごとく、白、薄紫、桃色、ピンク、濃いピンクと五色の芝桜で、かつて本栖湖に棲み、お山の噴火から村人を救ったという伝説をもつ竜神が美しく描かれています。

一見、人がいないように見える現地ですが、後ろを振り返るとこの人出です。それでも、早めのランチの食券売り場には、5〜6人程度が並んでいる程度で、ちょっと拍子抜けくらい。

しかし、これは序の口と気づいたのは会場を後にしてからです。

行きはよいよい、帰りはこわい、、、帰りの国道139号線はぴたっと止まったまま、上下線ともに車が動きません。行きに30分できた道のりを2時間半かけて通過しましたが、途中、会場に向かう車のナンバープレートには関西や九州の地名まで見えます。 午後から会場へ向かった方、おつかれさまでございました。人ごみに見え隠れする竜神はきっと息も絶え絶えに見えたに違いありません。

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奇跡のリンゴ

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知人より「奇跡のリンゴ」を二ついただきました。抽選でやっとの思いで手に入れたリンゴなのだそうです。

皮の色は少し黒ずんだ感じで、お店でみるような鮮やかさはありませんが、見た目には普通のりんごです。とにかく食べてみればわかるとのことで、早速皮ごと食べてみましたが、これがとっても不思議な味がするのです。

 

なんというか、すごく甘いわけでなく、すっぱいわけでもなく、かといって味がないのではありません。とにかく、これ、りんごなの?と思うような、これまで食べたリンゴとはまったく違う味がします。ワインがそのワイナリーの土壌によってチーズやマッシュルームやチョコレートの香りを放つのと同じように、このリンゴは土のよい香りがするのです。

これはプロフェッショナル仕事の流儀でも紹介された、無農薬、無肥料で育てた木村秋則さんのリンゴでした。農薬をたくさん使わなければ害虫や病害で木が枯れてしまうのが当たり前のリンゴを、年の気の遠くなるような試行錯誤の末、無農薬、無肥料で育てることに成功した奇跡のリンゴなのです。

このリンゴとともに、『「絶対不可能」を覆した農家 木村秋則の記録 奇跡のリンゴ』という本も貸していただきました。このリンゴ、絶対にこの本を読んでから食べるべきでした。だって食いしん坊のわれわれは、もうその奇跡のりんごを食べてしまって、お見せする写真もないのですから。

木村さんの農法は早く言えば虫も雑草も含めて自然の生態系を保つというものです。何か一種類の害虫(と人間が言っている)を農薬によって駆除すると他の害虫が増える。そうすると自然の生態系が狂ってくるから、仕方なく違う農薬を使うことになる。そうして、次々に農薬をたくさん使うことになってしまうわけです。また、肥料も与えずに育てると根がぐんぐん張っていって、必要な栄養素を自分で取りに行くようになるのですね。

それにしても、自然って不思議です。私は時々山小屋にいくのですが、毎年発生する虫が違います。ある年はおかまコオロギだったり、ある年はゲジゲジの大軍だったり、カメムシの時もありますし、ミツバチの時もありました。シロアリにはまいりましたが、それも、毎年続くわけではなく、翌年には違う虫になっているので私たちがお邪魔するときだけ、せっせと追い出しますが、特に農薬をばらまいたりはしません。どうせ、翌年には自然に数少なくなって、別の虫の天下になるのですから。 木村さんの農場でも同じような現象がみられるのだそうです。

この奇跡のリンゴ、切っておいても変色せず、そのまま置いておくと腐らずに香りよく小さく縮んでいくのだそうですよ。とてももったいなくて、そんな実験はできませんでしたが、そんな姿のりんごみてみたいものです。

『一瞬の風になれ』

ちょっと古い話ですが、昨年の北京オリンピックでは、陸上4継(4×100mリレー)で36歳になる朝原選手率いるチームが、トラック競技として日本男子に初のメダルをもたらしました。選手たちの喜びが爆風となってTVの画面から吹き出してきたあの瞬間を思い出します。

でも、正直いえば、リレーなんて中学校の運動会位しか経験のない私の脳裏にちらっと浮かんでしまったのは、米国など強豪2チームがバトンパスで失敗しなかったら、日本のメダルはなかったのかな〜ということでした。
この銅メダル獲得のニュースが流れたあと、「一瞬の風になれ」という小説が話題になったのをご存知でしょうか。高校陸部の100mスプリントの選手 を主人公にした小説です。最近、この小説を見かけて、ぱらぱらと読み始めたら、これが実に面白い。通勤電車の中はもちろん、乗換えのエスカレータや階段で も目を離せず、危うく階段を転げ落ちるところでした。
高校に入学した主人公が夢をみて、挫折して、淡い恋をして、人間関係に悩にながらも人間的に成長していく様子を心理描写を通して緻密に描いていま す。読んでいると、私までジャージ姿になって、その中に入り込み、一緒に遠征のバスにも乗り込んでしまうのです。 (あの〜ですね、想像するのはやめてくださいませ。)
とにかく、部活に熱中する高校生たちも、コーチもライバルも実に個性豊かで魅力的なのです。そして、なによりこの小説は陸上の100m、4継の何たるかを教えてくれます。
先のオリンピックの話に戻ると、世界の100mスプリントが9.6秒台に突入した今でも、日本に9秒台で走る選手はいないのだそうです。400mト ラックを4人で走る4継は足の早い選手が集まったチームが早いに決まってます。でも早い選手だけをそろえて走れば一位になれるかというとそうではないとこ ろが面白い。アンカーで走った朝原選手は和製カール・ルイスと呼ばれ、カール・ルイス並みのスタートダッシュなので、かつての三走の選手はバトンパスで彼 に追いつけないのではないかと思うほどだったそうです。4人が全速力で走り、尚かつ、つまりもせず、絶妙なタイミングでバトンをつなぐ。お互いを信頼しきっ て、一瞬の迷いもなく、バトンパスを成功させたチームだけがメダルを手にすることができるということです。
やはり、北京オリンピックでの4継の銅メダルは凄かった!あの4継の4人が日の丸を広げ、思い切りいい顔している写真をみて、改めて感動してしまいました。青春時代にタイムスリップしたい方、「一瞬の風になれ(3巻)」をお試しあれ。くれぐれも階段での読書にはお気をつけあそばせ! -araki-

「一瞬の風になれ」(講談社:佐藤多佳子 2006年 全3巻)

めでたい繋がり

有楽町駅の一番新橋寄りの改札をでて、パチンコ屋さんの間の不思議な道を通ってマリオンを抜け、数寄屋橋に出て四丁目の交差点に向かうというのが私の銀座へ出るルートです。子どものころ、ここは大人の世界への入り口でした。新聞が刷り上がる様子をのぞき見ながら、インクの匂いのするビルの横を通り、色とりどりのポスターの貼ってある日劇を見ると心がうきうきしました。

最近は、交通会館前のごちゃごちゃと賑やかだったあたりはモダンなショッピング街に生まれ変わり、街路樹にはピンクのイルミネーション。なんだかスッキリしちゃって、六本木だか、赤坂だか、銀座だか分からないかも。 あの数寄屋橋にでるルートが好きなのは、まだ昔の面影がどこかに見つけられるような気がするからなのかもしれませんね。

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12月にちょっと銀座に行く用事があり、いつものように改札をでると、ガード下の宝くじボックスが目に止まりました。そういえば、年末ジャンボ宝くじを売っていたし、こんな午前中の閑散とした時間なら空いているのではと思い、数寄屋橋の宝くじ売り場1番窓口へ足取り軽くいってみました。・・・が、甘かったですね。「一番窓口最後尾」の案内をもったガードの人の向こうに長蛇の列が見えます。

なるほど、やはりだめですか。 じゃあ、仕方ない。 でも、2番窓口で買うよりは、、、ガード下のおばちゃまから買った方が楽しいでしょう と、もと来た道を引き返して、「当たりますように!」と念を掛けていただいた宝くじをバラで10枚いただきました。

宝くじなんて買ったのは、人生三度目位かもしれません。

そして、お正月。 『宝くじを買うなら、バラがいいわよ。連番だと、一目で外れたのがわかっちゃうから』、、、友人からのありがた〜い教えどおり、バラで買って良かったです~。一枚一枚、楽しく調べると、あ、ありました。一万円の当たりくじに2番ちがい!おっしい〜。

でもでも、本当に、当たりが! しかも、一枚で二度美味しい!ダブル当たりの78! 下一桁の8が300円。そして78番は3000円。ほんのちょこっとめでたい気分。それでいて、運を使い果たしてない感じのところが、ほどよいめでたさです。

今年も良い年になりそうな気分のお正月でした。

本年もよろしくお願い申し上げます。<araki>     

Wow and Zen

三連休を利用して、イギリスから来ている友人夫妻と直島に行ってきました。

数年前にテレビで「瀬戸内海に浮かぶアートの島」として紹介されていたのですが、番組の中でレポーターが外国人旅行客に『日本で行きたいところは何処ですか?』とインタビューすると、京都や秋葉原の他に全員が「ナオシマ」というのです。これはさすがに番組の編集に違いないとは思うのですが。これがまんざら嘘でもないようです。

日本人と違い、欧米の人たちは長期の休暇や旅行の計画を数年越しで立てます。私のイギリス人の友人夫妻も3年前から日本旅行の計画を立てていました。ちょうど2年前の今頃、テレビで見た海に浮かぶ黄色いカボチャの存在感と安藤忠雄設計の美術館の美しさに圧倒され、イギリス人の友人に一緒に行くことを提案すると、私のメールが届いた直後に地元の新聞に直島の特集が掲載されていたというのです。そのタイトルが「Wow and Zen」。粋なもじりです。

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 海外でこれだけ紹介されている直島ですが、国内では意外と知られていません。今回の旅行の為にホテルを予約しようと近くのJTBにいきましたが、スタッフはどなたも直島のこともベネッセハウスのことも知りませんでした。しかも岡山、倉敷辺りのパンフレットにも直島のことがでてきません。これはベネッセの戦略なのでしょうか。

私たちは4年前に建てられたというベネッセハウスのパーク棟に泊まりました。もちろん安藤忠雄の設計によるものですが、空間を活かしたデザインはさすがです。機能性にすぐれた客室は随所に見せる工夫、隠す工夫が凝らされていますし、客室、カフェテリア、レストランの何処にいても、景色の延長上に自分がいるように設計されています。 普通、素晴らしい景色も限られた方向に見たときだけであったり、綺麗な建物でも、ちょっと目を横にやると残念!と思うこともあるものですが、レストランに移動する渡り廊下であっても、光と陰を巧みにつかった非日常の空間が外に広がる瀬戸内海の景観にとけ込むように設計されているのです。

レストランの席にすわりガラス越しに外を眺めると、ベランダから海まで自分の席から繋がっていることに驚かされます。しかも、座った位置から眺めると、バルコニーの手すりはその先のバルコニーと海の境に細い線を引くように走っています。

美味しいワインをいただきながら、そこに存在する空気感にしばし酔いしれました。  

接近遭遇

世の中には自分とそっくりな人が三人いるといわれます。

私がその一人に初めて遭遇したのはまだ学生時代、テニスの夏合宿のことでした。

中軽井沢にある大きな民宿は大勢の学生でにぎわっています。合宿も終わりに近いある日の夕食後のこと。電話をするという友人に付き合って、私は廊下の公衆電話の横に座っていました。すると、見知らぬ男子学生が通りがかりに、「なんでこんなところに座ってるんだよ。いかないのか?」と話しかけてきました。

「・・・??」

周りを見回しても背中を向けて電話をしている友人しかおらず、どうも私に話しかけているらしいのです。なんて答えてよいか分からず座ったままでいると、「早く来いよ」と言って、行ってしまいました。

すると今度は二人連れの学生が通りかかり、「あれ、おい、なにやってんだよ~。早く行こうぜ。花火はじまるぞ~。」と私の腕をぐいぐい引っ張ります。

(えっ、えっえ~・・・!ち、ちがう)と思っても、あまりのでき事に声もでません。やっとのことで腕を振り解くと、「な、なんだよ~。早く来いよ~。さき行ってるぞ~。」とちょっと不満げな顔をしながら立ち去りました。

この間、三人が至近距離にも関わらず、完璧に私を彼らの友人と間違えていたということです。

残念ながら、その合宿中、そこに居たはずの”私と瓜二つの誰か”とはついに出会うことはありませんでした。

それから二年後、ジャージ姿で自宅近くの駅前を自転車で通りかかったときのことです。前方から小学5~6年生の生徒6,7人が歩いてきます。その中の一人が突然「あ、〇〇先生だ!」というと、他の子供たちも「あ、本当だ。〇〇せんせ~」「〇〇せんせ~」と口々に叫びながらこちらに走ってきました。 私は急いで眼だけを動かして辺りの様子をうかがいましたが、やはり”先生”らしき人は見当たりません。

(えっ!うそ~。もしかして~?!)

笑って応えようか、知らぬ振りをして通り過ぎるか、、、と一瞬迷い、なんとなく中途半端に微笑みながら、あっけにとられている子供たちの間をすり抜けていきました。

「え!〇〇先生じゃないの?」「良く似てたね~」「本当だね~」と驚く子供たちの声を背に聞くことになったことは言うまでもありません。

これで二人目!

さらにその二年後、ランチタイムをとうに過ぎて閑散とした丸の内のオフィスビルの地下街を私は歩いていました。すると、女性が「あ、〇〇ちゃ~ん」と懐かしそうに手を振りながら小走りに近づいてきます。

三度目ともなると、(そら来た!)と勘が働くというものです。もちろん、その女性も私が通り過ぎるまで人違いに気付きませんでした。

その後、ぱったりと人違いされることはなくなりましたので、やはり世の中には自分に似たひとが三人いるというのは本当なのかもしれません。

でも、もしかして、、、もし、私にそっくりな誰かが私と同じ人生の軌跡をたどっていたとしたらどうでしょう?

三度目の出会いのあと、その彼女は遠くに嫁ぎ、私の人生との接点がなくなったのかも知れないのです。

あり得なくはない、とは思いませんか?

アメリカの虹は6色?

友人から『虹の色は七色ではない? 日本では七色だけど、世界では色数少ないと聞きました。教えてください!』とのメールが届きました。

虹は幼稚園の時から7色に描くと習ってきましたし、、、おそらく、日本人100人に尋ねても、まず『虹は七色』という答えが返ってくるに違いありません。

これは世界の常識!と思ってましたが、『日本の常識は世界の非常識!』なのでしょうか。

さっそく、我が家にホームステイしているイギリス人をつかまえて聞いてみますと、「イギリスでは、red, orange, yellow, green, blue, indigo, purpleの7色だよ」、と指を折りつつ自信たっぷりに答えてくれました。 我々日本人と同じ認識の7色であったことに、ちょっと安心。

ところが、アメリカ人の友人に聞いてみると、こんな答えが・・・

「虹の色が何色(なんしょく)かなんて考えたことなかった。多分アメリカでは決まってないと思う。色のグラデーションの中から、自分で好きな数だけ選べばいいんじゃない?」

やはり、国による違いはあるらしいのです。

調べてみると、どうやら「虹は7色」にこだわっているのは、イギリスと日本ほか、数カ国だけかもしれないのです。

実は虹を7色としたのは、かのアイザック・ニュートンでした。17世紀のことです。プリズムによって分散したひかりのうち、特に目立った色だけあげて、赤、橙、黄、緑、青、藍、紫の7色をスペクトルと名付けました。これらはアメリカの友人が言うように無数の異なった色の連続なのですが、ニュートンは音階のドレミファソラシに合わせて7つにしたとか。

アメリカではスペクトルの7色から藍色を抜いた6色が一般的に認識されている虹色で、Macの虹色のリンゴマークが代表的とのことです。気がつきませんでしたが、Macのリンゴの虹色を数えてみると本当に6色でした。なるほど〜。

他の国ではどうかというと、ロシアでは橙、黄、緑、青の4色から7色まで人それぞれ変ってくるらしく、アフリカなどでは3色とか2色のところもあるんだそうです。

でも、日本も昔は5色だったって知ってました?

中国では万物は木・火・土・金・水の5種類の元素からできているという五行思想に基づいており、虹も当然のごとく5色でした。それに習って日本でもその昔、虹は5色だったのです。

明治時代に入り、海外の学校教育を見習うようになると、虹の色は7色と教えるようになりました。明治8年に出版された「小学色図解」の中で、富士越金之助という人が「太陽の色は七色」と書いたのが最初のようです。

いずれにしても、「七色の虹」は世界共通認識ではなかった、ということなのですね。

金魚すくいの科学的コツ!

週末に納戸を整理していると、古いサイエンス雑誌の「金魚すくいの科学的コツ!」という見出しに目がとまり、思わずページをめくってしまいました。これだから、整理というのはなかなかはかどりません、、、

子供のころ、近所には駄菓子屋が何軒もありました。

おでんの店、お好み焼きの店、かき氷の店など、それぞれに特色があり、私たちは学校が終わるとお小遣いを持って、今日はあのお店に行こうか、それとも自転車でちょっと遠くのお店まで、といった具合に駄菓子屋めぐりをしていたものです。

そんな一軒に金魚すくいをさせるお店がありました。お店の前には青いビニール製の水槽が二つ並んでおり、中には赤い金魚に交じって、黒い出目金や尾の長いきれいな金魚が泳いでいます。

私は1~2匹すくうと金魚すくいの「ポイ」を破ってしまい、あとは次々と上手にすくい上げる男の子の妙技に見とれるばかりでした。

さて、その雑誌によると、金魚すくいのコツとは「紙を破らないこと」、これにつきるそうです。

紙が破れる要因は、「紙の性質」、「水の抵抗」、「金魚の動き」の三点にあります。

その要因 を知り、破らない方法を習得すれば、15匹位は楽に捕れるようになるというのですから、夢のような話ではありませんか。

その1. ポイは紙を張ってある面を上にして使うこと。

その2. 紙は全部を濡らすこと。一部分だけを濡らすと、濡れている部分と乾いている部分の境目の強度が弱くなる。

その3. 水の抵抗を少なくするため、ポイは水と直角に動かさずに、水を逃がすように斜めに動かす。

その4.金魚は尾びれを動かして進むため、動きの少ない上半身をポイの淵にかけるようにしてすくい上げる。

なのだそうです。

最近、金魚すくいはあまり目にしませんが、お祭りで金魚すくいを見かけたら、ちょっと試してみようではありませんか。

ちょっと軽井沢

台風13号の行方が気になる週末の土曜日、朝起きると意外にも台風は太平洋上に進路を変更しており、予定していた高崎の知人宅を訪問することにしました。台風一過の東京は新宿副都心から遠くの山々まで青い空をバックにくっきりと浮かび上がり、絶好のドライブ日和です。台風直撃のニュースに予定をキャンセルした方が沢山いたのか、渋滞もありません。

 さて、高崎の知人宅から軽井沢までは信越自動車道でわずか1時間足らずとのこと。テニスやゴルフで良く行ったことのある軽井沢ですが、ここ何年も足を運んでいません。それでは「軽井沢でお食事を」ということになり、5時過ぎには旧軽を散策しておりました。沢屋で色鮮やかな薔薇ジャムを購入し、土屋写真館でセピア色の写真を眺めたあと、ドイツ料理のキッツビュールへ。

信州りんごのソースが添えの鴨肉のローストは甘酸っぱいソースと柔らかい鴨肉がよくあいます。今日は質の良いアイスバインがあるという店長の言葉通り、赤味がかったアイスバインは噛む毎に引き締まった味がほどけるような味わいです。車の運転のため、ビールもワインもいただけなかったのが唯一の心残り!

その晩はプリンスホテルに一泊し、翌朝、スワンレイクとして名高い「雲場池」へ立ち寄ると、カモたちが涼しい顔で泳いでいました。少々の後ろめたさを感じつつ、湖畔を散策。雲場池はもみじに囲まれていて、紅葉の時期は緑、黄色、オレンジ、赤色の絵具を散らしたような実に美しい光景がひろがるのですが、いまはまだまだ緑深い森の中です。それでもなんとなく秋の気配が・・・

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帰りには、もちろんお決まりのおぎのやの釜飯をお土産にして、、

バディの能力

忙しい朝はラジオを流すに限ります。先日もラジオから流れるニュースを聞くともなしに聞いていたのですが、意外なニュースに思わず立ち止まりました。 

 『アリゾナ州で、犬が電話で119番通報をして飼い主の命を救ったそうです』 

この犬は受話器を前足で外して、前歯で911番(日本の110番と119番に相当する)をプッシュして、ワンワン吠え続けて救急隊を呼んだというのです。 

不思議!犬が人間並みに状況判断をして行動を起こすなんて、あり得ない気がします。でも、もしかして10歳くらいのわんこで人間と話しができる位に頭が良くなっていて、そんな事ができるようになったのかも知れませんね。そういえば、以前、20歳近い老犬がテレパシーでご主人が外出さきから家に帰ろうと考えた瞬間に玄関に移動して待っている、というドキュメントがあったりして、と考えていると、、、 

「この犬は介助犬で、飼い主がいざという場合にそなえて訓練したあったのだそうです。」

介護犬なら、と思わなくもないですが、よく考えれば、訓練された介助犬だとしても、犬にそんな高度な知能があるのが疑問です。 因みに我が家で私が突然倒れたら、我が愛犬はどういう行動をするのだろうかと試した事があります。しばらくは前足でねえねえと起こそうとし、ワンワンと吠え、そのうち、Zzzzと寝息をたてて寝てしまいました。(私は寝ているんじゃなくて、倒れているのよ。誰か助けを呼んできて〜)といってみても、『あ〜起きた〜。あそぼ〜』というばかり。 

そこで早速インターネットで先ほどの賢いわんこのことを調べてみると、ありました。 

シェパードが911番、飼い主の命救う 三度目のお手柄 

米アリゾナ州のジャーマン・シェパード「バディ」が飼い主の発作を911番へ「電話で通報」して命を救い、これが通算3度目のお手柄。飼い主のスタルネイカーさんは10年前に頭部を負傷して以来、発作が起きるので、介助犬のバディに911番通報のトレーニングをしていました。バディはいまでは通信員が応答するまで911番にダイヤルし続けることができるのだそうです。当然、スコッツデール救急システムにはスタルネイカーさん宅に911番通報できる介助犬がいることが登録されておりました。

驚くことに、このバディ君はわずか1歳半! 訓練すれば、わんこのIQでもこれほどのことができるということなのでしょうか。

隣で惰眠を貪る君よ、取り敢えず、甘え上手なことは分かったけど、ちょっとはバディ君を見習わない? 

 PS ココノッツブログ始めるから書いてね。これは業務命令だからと仰る。ブログって業務命令で書くもんじゃないでしょう〜(^^;と思いつつも、、、書き始めました。励ましのコメントお待ちしております。