2018/4/3 火曜日

ドラマの裏側はわからない

Filed under: 広報,広報ど真ん中 — Kimi @ 10:35:24

自分の会社が記者やジャーナリストから自分の会社がどのように見られているか、どこの企業も強い関心を持っています。そこで企業認知や自社の広報活動に関して記者の声を聞く場を設けたり、調査をかけたりすることがあります。これらは経験上とても有意義な調査になることが多く、自社の広報活動の成功している部分、足りない部分がクッキリと浮かび上がります。他社の広報活動について有益な情報やヒントが得られることもあります。
それはそれとして、このような調査を通じて気づくことがあります。記者やジャーナリストは“企業の広報を知らない”という事実です。
あそこの広報は頻繁にコンタクトしてくる、あそこの社長はフランクに取材に応じてくれる、この会社は役に立つメディアセミナーを開催している、といったことは現場の記者はよく知っています。彼らは広報の対象、もしくは受け手ですから当然です。
ところが彼らは、そこに至るまで、広報セクションがどのような目標のもとに、どのような企画を立て、どのような地道な作業を積み重ねているかについてはわかりようがありません。
テレビドラマにたとえるなら、ドラマを見ている私たちには、出演者の演技やストーリー展開の良し悪しについて感想を述べたり批評したりすることはできます。しかし、プロデューサーがどんな企画を考え、脚本家がどのような取材をし、どこにロケハンをして、ディレクターはどんな演技指導をしたのか等々の裏側は、テレビを見ているだけではわかりません。そんな楽屋落ちを覚らせることなく楽しめるドラマこそ理想でしょう。広報も同じことです。広報のテクニックや仕掛けなどを記者やジャーナリストに覚られてしまっては失敗です。
記者出身者を広報の責任者に据える企業や団体があります。しかし、大きな成果を挙げることが少ないのは、そんなところに要因があるのかもしれません。視聴者や評論家がドラマをつくろうったって、そう簡単には行きませんぜ。

2018/3/27 火曜日

記者会見とストロボ

Filed under: よもやま,広報,広報ど真ん中 — Kimi @ 15:10:42

メディアトレーニングで、記者役の他にカメラマン役も用意して、パッパッパッとストロボを発光させることがあります(実際にやったのは数回ですが)。臨場感を演出して、本番の記者会見で緊張しないように慣れていただこうという意図です。
マリリン・モンローとかジョー・ディマジオとかジョン・F・ケネディ(3人の関係にこだわったわけではありません)などの「時の人」がフラッシュライトを浴びながら、突きつけられた大きなマイクに向かってコメントしているシーンなどが、昔のニュースフィルムに残っていたかと思います。記者会見と言えばフラッシュがつきものでした。
現在の記者会見でも、とくにニュースバリューの高い事案では、会見者の前にスチールカメラマンがずらりと腰を下ろして盛んにストロボを発光させています。
ところが知人のプロカメラマンによると、感度を高く設定できる最新型のデジタルカメラならストロボは必要ないのだそうです。
デジカルカメラはさらに進歩しつつあって、4Kで動画を撮影しておき、一番よいカットを静止画像として切り出すことが可能になっています。新聞やネットニュースで使う程度なら十分な画質だそうです。8Kならさらに解像度の高い写真が切り出せます。
1台のカメラでニュース動画もスチール写真も得られるということなら、スチールカメラマンたちの職が危うくなりそうです。だから必要がなくてもストロボを発光させて自らの存在をアピールしているんだ、というのは少々皮肉が過ぎる気もします。動画と静止画は画の特性が全く異なる、という説にも理解できるところがあります。
シャッター音もない静まりかえった会場で聞こえるのは、会見者の読み上げるコメントと質疑応答、それにキーボードを叩く音だけ・・・という記者会見は、ちょっと妙な気分のものでしょうね。

2018/3/1 木曜日

不毛の議論

Filed under: よもやま,広報 — Kimi @ 14:05:38

自分にとってはどうでもいいことなんですが、なんとなく気分がよろしくない、というニュースがときどきあります。泰明小学校がアルマーニデザインの「標準服」を導入したというのもその一つ。
そもそも公立小学校に「標準服」なるものが存在していることを、今回の報道ではじめて知りました。自分が区立小学校に通っていたときはもちろん、すっかりオヤジになってしまった息子どもが卒業した市立小学校にも「標準服」があったという記憶がありません。
標準服というのは、制服でないが、制服みたいなものらしい。そのようなあいまいな状態で、何気に強制するというやり方が気分をよろしくさせない要素の一つ。こういうのも「行政指導」の一種なのでしょう。
銀座だからブランド、という陳腐な発想がもう一つの要素。何の関係もないでしょう。校長のアタマの中でだけつながっているらしい。
ブランドならブランド料も支払わなくてはならないし、生地や仕立てもブランドを傷つけることのない品質に保たなければなりません。お高くなるのは予想できたこと。教育の無料化などと叫んでいた政治家はどう考えているのでしょう。
この一件については、朝日新聞で制服の価格問題を扱って貧困ジャーナリズム大賞2016を受賞された記者さんが、HUFFPOSTに異動して、学校側と保護者とのやりとりを詳しく報じています。それを読んだら、さらに気分がよろしくなくなってしまいました。不毛の議論というのが、まさにこれです。バカバカしいっちゃありゃしない。

2018/2/19 月曜日

田園都市線のリカバリー広報

Filed under: 広報,広報ど真ん中 — Kimi @ 17:53:23

ココノッツのオフィスは半蔵門。ということで東京メトロ半蔵門線をよく利用しています。
この線は東急田園都市線と東武スカイツリーラインに接続しているので、東京メトロの車両に乗る機会は少なく、東急や東武の車両ばかり乗っています。その中で東急の車両はどうみても古めかしい。デビュー時にローレル賞を受賞したといっても、40年も使えば相当くたびれます。天井にはいまも扇風機が首を振っています。
田園都市線では昨年、停電やら架線切れやら車両故障やら人身事故が続き、運転見合わせや遅れが頻発しました。一軍である東横線に比べて、二軍の田園都市線への投資を怠っているのではないか、と邪推せざるを得ません。同じようなことをTwitterなどのSNSにも書かれまくられたので、東急さんも利用者の疑念には気づかぬはずはなく、最近、一大広報キャンペーンを始めた様子です。
先ごろは、夜中に報道各社を地下線路に呼んで、こんなに一生懸命保守点検をしていますと取材させたようです。複数のメディアに記事が掲載されました。リカバリー広報がひとまず成功したようです。サロンパスを貼りながら走っているような老体車両も近々新型に取り替えるそうです。これで故障による運転見合わせや遅れがなくなるかどうか。注目です。
東洋経済オンラインの記事:http://toyokeizai.net/articles/-/209065/

2018/1/24 水曜日

○○○○の父

Filed under: 広報,広報ど真ん中 — Kimi @ 11:46:39

個性的な製品には、その開発者をリスペクトを込めて「○○○○の父」などと呼ぶことがあります。かつては「ウォークマンの父」大曽根幸三氏とか、「日産スカイラインの父」桜井眞一郎氏、日産にはもう一人「フェアレディZの父」片山豊氏もいました。
今日の朝日新聞に、「『ペッパーの父は孫正義ただ一人』 ソフトバンクが要請」という見出しの記事がありました。
https://digital.asahi.com/articles/ASL1R4WFQL1RULFA022.html
以前、ソフトバンクが開発リーダーとして発表していた某氏が、2015年に退社して別のロボット会社を設立したそうで、「広報担当者は23日、『リーダーという当時の紹介は誤りだった。おわびして訂正する』と話した」とのこと。「孫正義ではなく社外の人間が『ペッパーの父』とされることは、今後のブランド戦略上問題がある」のだそうです。また、某氏は「ペッパーの企画や技術開発等、いかなる点においても主導的役割を果たしたり、特許を発明したりした事実はない」のだそうで、「ロボット事業参入はソフトバンクの孫氏が決め、ペッパーのデザインや声、世界観なども様々な案の中から孫氏が決めた」のだとか。
まあ、経営者は自分の意向も強く反映させ、決裁もしたでしょうから、その通りかもしれませんが・・・。
某氏の方も「自ら『ペッパーの父だ』などと自己紹介したことはなく、父だと主張するつもりもない」のだそうです。
なんか大人げないなあ。こんな要請は企業イメージの毀損につながらないかなあ。ワンマンの典型だなあ。だれか忖度したのかなあ。こんな発表をさせられる広報の方もつらいだろうなあ・・・いろいろな思いが気分を暗くさせます。

2018/1/22 月曜日

このあたりが潮目か、週刊文春

Filed under: よもやま,広報 — Kimi @ 16:00:35

文春砲などと呼ばれて、政治家や有名人から怖れられていた週刊文春にも潮目が来たかもしれません。小室哲哉氏のいわゆる不倫報道と、それに関連した本人の引退発表に対する社会の反応は、これまでとは大きく違います。
従来は、切れ味の鈍いレガシーメディアに対して、強烈なインパクトのある週刊文春の報道に多くの人々が支持を与えてきましたが、今回は矛先が文春の方に向けられています。返り血を浴びてしまいました。
その要因は、小室氏が有名人であっても私人であること。その私人のプライバシーを暴くことへの疑問。多くの音楽フアンが小室氏の才能を評価していたこと。夫人の重篤な病状とそれに対する小室氏の一定の介護と献身が認められていたこと。記者会見での小室氏の真摯な態度と明らかな疲労感。それらによって、介護をする人の苦労や孤独感に対して介護経験を持つ人たちからの共感が得られたこと等々。週刊文春の読者と、その二次情報を得た人たちにとって、今回の報道には「正義」が感じられなかったのでしょう。
文春砲への支持が失われ、影響力が殺がれることを一番喜んでいるのは、時の権力かもしれません。惜しいことをしましたね、週刊文春は。自爆してしまっては何にもなりません。

2018/1/15 月曜日

通じませんよ

Filed under: 広報,広報ど真ん中 — Kimi @ 16:20:08

広報のお手伝いをする仕事をしていると、当然のことながらさまざまな会社と出会います。一緒にお仕事をさせていただいて、とても気持よくスムーズにコトが運んだという会社はあまりなくて、やりにくいなあと感じながらも一生懸命お手伝いをして、その会社が求めるアウトプットが得られたら、それで100点と考えるべきだと思っています。そういう仕事なんですから。
いつも依頼を受ける広報セミナーのスライドの中に「 PR会社が、“やってらんない”クライアント 」という1枚を入れていたのですが、考えてみれば少々傲慢かなと反省して、次回から抜くことにしました。
しかし、一つだけここに書き残しておきます。それは広報に無知なクライアントさんとは仕事がしにくい、ということです。少なくとも広報活動、たとえば記者会見をしたいとかプレスセミナーをしたいとかお考えになるなら、広報の基本くらいはご存じでいていただきたいと切に思います。
広報についての知識をお持ちでない企業さんに共通するリスクがあります。それはジコチューになりやすいことです。自分たちの考えがそのまま世の中でも通じると考える会社が多いのです。それこそ広報の真逆のスタンスであることは、いまさらここで言うまでもありません。

2017/12/20 水曜日

書きにくいことながら

Filed under: よもやま,広報 — Kimi @ 11:56:39

ここに書きにくいテーマというのがあります。たとえばHPVワクチンのこと。
研究者ではないので、各種の情報から類推するしかありませんが(これは多くの医師においても同じ)、接種は再開すべきだと考えています。それを前提としてですが、現在のワクチン推進派の活動はどうみても効果的とは言えません。
製薬企業は立場上、強くは発言できません。学会は声明を出し続けていますが、企業との癒着を疑われても困る、という心理が働いているのかもしれません。いま一つ力が入らないように見えます。メディアはかつて副反応について報道してしまった手前、手のひらを返したような報道もしにくいという心理が働いています。実際に取材をしている現場と上層部との確執なども耳にします。一方で、副反応を報じた記者が遠ざけられたという話もあります。
ワクチンの副反応を主張する人たちへの疑念を一貫して主張してきた評論家が、国際的な賞を受賞したそうです。この間、さまざまな中傷や誹謗と戦って来られたと推測します。素晴らしいことだとは思いますが、それをアピールし過ぎるのもいかがなものかと思います。アピールすることは全く正しい。しかし、やり過ぎるとかえって多くの反感を買って逆効果になるかもしれません、少なくとも日本の社会では。
企業の中でも正論を吐く社員は少なくありません。しかし、正論を主張し過ぎると左遷されてしまう。そういう例をたくさん見て来ました。自分が実現したいと考えていることは、単に主張するだけでは成功確率が低くなってしまいます。根回し、忖度、ごますりなど、ありとあらゆる手練手管を駆使して実現を図る。心にわだかまりは残るものの自己実現、そしてときには正義を、達成できます。
どちらがよいか、それはそれぞれの価値観で決めるべきものでしょう。ここでは書きにくいことですが、あえて・・・。

2017/12/8 金曜日

最近、新聞に関して耳にしたこと

Filed under: よもやま,広報 — Kimi @ 14:28:29

古新聞
その1:あるCMプランナーの話。
新聞が読まれなくなったのは、テレビが地デジになったことが原因だというのです。デジタル放送用のテレビ受信機には番組表を表示する機能があるので、新聞のラテ欄が不要になったというわけです。そういうこともあるかもしれませが、いかにもCMプランナー的な発想だと、妙に感心してしまいました。

その2:WEBメディアの編集長から聞いた話。
通勤電車の中では、新聞の代わりにスマホでニュースを読む人が多くなりました。それで鉄道会社が喜んでいるというのです。読み終わった新聞が大量に捨てられていたので、その処理に苦慮していたのが、いまやすっかり少なくなったのだそうです。スマホとWEBメディアの普及が意外なところに影響しているんですね。

その3:どこかで耳にしたか、読んだかした話。
若い人で、新聞の宅配を契約している人はほとんどいなくなりました。そうすると、引っ越しのときに困るのだそうです。荷物の包装や緩衝材として、新聞紙はとても便利だったと改めて認識されているという話でした。
先日、自宅のパソコンが不調になりました。タワー型という、いまやヘビーゲーマーでなければ使わないような大きなマシンで、自分で組み立てたものです。修理に取りかかろうと物置を覗いたら、古新聞が1枚もありません。今朝、古紙回収に出したところだとのこと。フローリングの床を保護するのに、大きさといい、重ねたときの厚みといい、新聞紙が最適なのです。これにはほとほと困りました。そのうちコンビニで古新聞を売るようになるかもしれませんね。

2017/11/2 木曜日

頭が高い

Filed under: 広報,広報ど真ん中 — Kimi @ 17:40:06

日産に続いてスバルも資格のない検査員が完成検査をしていたことが明るみに出ました。
日産がこの件を初めて発表したのは広報部長さんで、事を重大視していないような態度だったとか容姿や服装がどうとかと批判されました。次に社長さんが記者の前に登場しましたが、日本企業の謝罪会見とはちょっと異なる雰囲気でした。着席せずに発表をしたのはともかくとして、要するに頭が高かった。それを“攻めの広報”だとネットメディアで好意的に論じる人がいましたが、どうなんでしょう。
ところが、記者会見の後も、資格のない人が検査を続けていたとのことで、また社長会見となり、出荷停止に至りました。このときの社長さんも少々頭が高かった。頭を下げられない人なのかもしれません。日産もいまや「外資系」で、欧米流の価値観の中で仕事をしていると、自然にそれに染まってしまうのでしょう。
一方でスバルの社長は憔悴した様子で記者会見に臨みました。日産と比べて悪性度が低いということもあるのでしょうが、メディアの論調がなんとなく同情的です。「スバルよオマエ(まで)もか」というのは好意の発露とも考えられます。企業や経営者が常日頃、メディアから好意的に見られていたことが推測されます。この違い、広報の基本のキを考えるよい教材です。
ちなみに私事ながら、筆者はリコールされるであろうスバル車のオーナーであります。

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