2017/11/2 木曜日

頭が高い

Filed under: 広報,広報ど真ん中 — Kimi @ 17:40:06

日産に続いてスバルも資格のない検査員が完成検査をしていたことが明るみに出ました。
日産がこの件を初めて発表したのは広報部長さんで、事を重大視していないような態度だったとか容姿や服装がどうとかと批判されました。次に社長さんが記者の前に登場しましたが、日本企業の謝罪会見とはちょっと異なる雰囲気でした。着席せずに発表をしたのはともかくとして、要するに頭が高かった。それを“攻めの広報”だとネットメディアで好意的に論じる人がいましたが、どうなんでしょう。
ところが、記者会見の後も、資格のない人が検査を続けていたとのことで、また社長会見となり、出荷停止に至りました。このときの社長さんも少々頭が高かった。頭を下げられない人なのかもしれません。日産もいまや「外資系」で、欧米流の価値観の中で仕事をしていると、自然にそれに染まってしまうのでしょう。
一方でスバルの社長は憔悴した様子で記者会見に臨みました。日産と比べて悪性度が低いということもあるのでしょうが、メディアの論調がなんとなく同情的です。「スバルよオマエ(まで)もか」というのは好意の発露とも考えられます。企業や経営者が常日頃、メディアから好意的に見られていたことが推測されます。この違い、広報の基本のキを考えるよい教材です。
ちなみに私事ながら、筆者はリコールされるであろうスバル車のオーナーであります。

2017/10/16 月曜日

政党のTwitter

Filed under: よもやま,広報,広報ど真ん中 — Kimi @ 11:29:29

仕事柄、mixi、Facebook、Twitter、Instagramなど、SNSには初期からアクセスしてきましたが、Twitterは、電車が止まってしまったときの情報収集くらいしか有効活用していませんでした。しかし近頃はTwitterの勢いがよいとのこと。もう少し深く理解するため、アクセス頻度を増やそうと考えているときに、総選挙になりました。
そこで自由民主党、希望の党、立憲民主党をフォローしてみることにしました。
以前からTwitterを広報活動に活用したいという企業さんに申し上げてきたことは、「お知らせ」を投稿するのもいいけれど、それだけでは大した効果は望めないこと、もう一つは、実際に運用してつぶやく人材によって効果に大きな違いが出るということです。ITに詳しい方なら常識です。
で、3党なんですが、自民党は「お知らせ」の範囲をまったく出ていません。それに比して、立憲民主党はSNSの使い方をよく理解しています。自党を応援するツイートを細かくリツイートして、お礼をつぶやいたりフォローしたりしています。「中の人」と呼ばれる担当者の人柄もよく反映されています。上から目線にならないように注意深く言葉を選んでいます。誤りはすぐに訂正しています。短期間に多くのフォロワーを集めたことが納得できます。希望の党は2党の中間。ちょっと自民党寄りですかな。これって、政治スタンスと同じじゃないの?

2017/9/28 木曜日

福祉分野の勢いを見た

Filed under: よもやま,広報 — Kimi @ 13:28:59

国際医療福祉展に行ってきました。昨年に続いて2回目です。2週間前に痛めたコシが完治していないので、ざっと一回りしただけですが、医療系の展示会が勢いをなくしつつあるのと対照的に、相変わらずの大盛会でした。出展社も入場者も比較にならないほどの規模です。
福祉・介護の分野はまだまだ発展途上、さまざまな工夫の余地が大きく、新製品や新サービスが開発される余地もまた大きいということなのでしょうか。
最近のとくに電動車いすの進歩がすごい。展示されていた最新の高機能車いすを見ていたら、モーターショーでニューモデルを見たときのワクワク感のようなものを思い出しました。操作レバー部も好みのものにカスタム化できたりするようです。昔のMT車のシフトレバーのようですね。こんなカッコいい車いすに乗りたいなあ、などと考えてしまいました。技術の進歩や活発な製品開発が、障害者の生活の質を高めると同時に、新たな趣味性をもつくりだしたりする。障害を持っていたって楽しい生活は送れるよという提案。いいですね。
会場を出たら、広い通路を2台の電動車いすがすごいスピードで駆け抜けて行きました。そういう時代になっているんですね。

2017/9/26 火曜日

意思決定の遅さ

Filed under: よもやま,広報 — Kimi @ 17:13:05

日本企業の意志決定の遅さがしばしば批判されます。その要因はさまざまあろうかと思います。
私どもが経験するのは、提出した企画書なり見積なりに、いつまでたってもご返事がいただけないという極めて卑近な事例です。
ある企業さんでは、トップが漠然とした、あるいは抽象的な指示を出します。それを部下の担当者様が忖度して仕事を進めるというパターンです。担当者様からご相談を受けて、私どもではあれこれイマジネーションを巡らせて企画書を提出します。ところが、それをお忙しいトップに説明する機会がなかなか得られないようなのです。ここで何日も、ときには何ヶ月も経過します。
ようやくトップに企画書をお見せすると、なんとなく気に入らない風情を示されます。そこで、また私どものところに戻って来て、仕切り直しとなります。こんなことを何回も繰り返すことがあります。そのような案件で、成功した経験はありません。
要するに社内の意思疎通が悪いのです。それ以上に問題なのは、明確な意志や指示を出さないトップです。トップ自身も何かやらなければ、という思いだけで、何をやったらよいのかわからない、あるいは決断がつかないのでしょう。

2017/9/21 木曜日

わかっちゃいるんだけど・・・

Filed under: 広報,広報ど真ん中 — Kimi @ 16:18:45

世の中には「広報のご意見番」みたいな方々がおられて、その多くが大企業の広報部長経験者だったりするのですが、「あの謝罪会見は失敗だった」、「あの事件の広報対応には問題がある」と厳しいご批判を、広報関係者だけが読むマイナーなメディアなどに書いておられます。中には、メルマガでわざわざご意見を送ってくださる危機管理広報専門家と称する方もおられます。
なるほどなあ、といつも感心しつつ読ませていただいてはおりますが、こういう方々の多くは実際のコンサルなどの実務はしておられないようです。
実務ばかりしているこちらとしては、「あれほど口を酸っぱくして注意しておいたのに、本番で『やっちゃった』んだよなあ」と残念な思いをすることが少なくありません。わかっちゃいるんだけど、そうはならない事情もあるんだよ、とも申し上げたい。
若いころ、「評論家みたいなことを言ってるんじゃない」とよく上司から叱られましたけど、その気持がいまにしてわかります。

2017/8/17 木曜日

喜びの表現

Filed under: よもやま,広報 — Kimi @ 16:44:33

シリアスな記者会見のトレーニングで、笑顔を見せないようにとアドバイスすることがあります。サービス精神が旺盛なのか日本人の特性なのか、つい口元がほころんでしまう方がおられますが、そのような一部の方を除いては、深刻そうな表情を維持するのはそれほど困難なことではありません。
難しいのは喜びを表現する方です。記者会見で大喜びをするケースはめったにありませんが、たまにはお祝いごとや表彰式など、笑顔を必要とすることもあります。もちろん心の底から喜びがわき上がるときの表情は最高ですが、たいしてうれしくもないのにうれしい顔をしなくてはならないときが難しい。訓練を積んだ俳優さんならともかく、一般の方に、メディアトレーニングを行ったくらいでできるものではありません。
最近ミサイルの成功を北朝鮮市民が喜んでいるシーンがテレビに映し出されますが、喜びの仕草を振り付けるのに、かの地の当局者も苦労しているのではないでしょうか。彼らだって「白々しいジェスチャーだよなあ」と気づいているに違いありませんが、他に適当な喜びの表現やアイデアが浮かばないので、バンザイさせたり拍手させたりしているのでしょう。最高指導者の背中に負ぶさって喜んでいる軍幹部の写真もあります。あれは何度か撮り直したのでしょうか。「合図をしましたら、将軍は委員長のお背中に乗ってください。よろしいですか。ではサン、ニー、イチ。はい、撮れました」なんてやっていたとしたら面白いですね。

2017/7/26 水曜日

SNSは単純接触効果がよく出る?

Filed under: よもやま,広報,広報ど真ん中 — Kimi @ 14:07:48

SNSの浮沈は激しく、さしものFacebookもこのところ勢いが鈍ってきたような印象を受けます。ニュースフィードに掲載されるコンテンツが面白くなくなりました。どうしてだろうと考えたら、ある時期から「友達」を増やしていないことに気づきました。熱心な投稿者だった人もだんだんと飽きてくる。すると相対的に職業的あるいはマニアックな投稿者の書き込みや、特定の「友達」が「いいね」を押した投稿ばかりを読まされることになります。テーマの幅が狭くなっているようです。Facebookの勢いではなく個人的な問題でありました。
筆者の場合、午前中は反保守の記事、午後は保守系の記事が多くなります。反保守の「友達」は午前中にFacebookをチェックしていて、保守系の「友達」は午後にチェックしているためです。その影響で午前中は反保守で、午後は保守になっております・・・そんなことはないか。
がんの非標準治療を舌鋒するどく批判する投稿ばかり読んでいるので、わけのわからない免疫療法を受けようという人がいたら、断固止める決意をしております。
「いいね」をしたグループの投稿もどんどん表示されます。その中に蕎麦好きのグループがあって、毎日どこそこの蕎麦屋へ行った、こんな蕎麦粉で打ってみた、といった書き込みを読んでいます。すると蕎麦が無性に食べたくなってきます。
これらは、何度も見たり聞いたりすると次第によい感情が起こるようになってくるという単純接触効果(ザイアンスの法則)そのものです。意外に単純接触効果が出やすいのがSNSなのかもしれません。

2017/7/24 月曜日

「ところでございます」

Filed under: よもやま,広報 — Kimi @ 16:25:02

このところ「ところであります」をよく耳にします。もともと役人言葉として使われてきたようです。何事かを要求される、あるいは批判されると、〈その件はすでに把握していて手は打ってあります〉と釈明する際に使われることが多いようです。ところがこの役人言葉を、最近は政治家もやたら使い始めました。

以下は、先の都議会議員選挙で、「防衛相、自衛隊としてお願いしたい」と発言した問題に対する稲田大臣の釈明記者会見からの引用ですが、
「今日も含めて、一昨日の演説の直後に二度趣旨は説明いたしましたが、今日冒頭でも明確にさせていただいたところでございます。」
「こういう趣旨を繰り返し申し上げてきたところでございますし、・・・」
「誤解を招きかねない『防衛省・自衛隊、防衛大臣』のところは撤回をしているところでございます。」
「私は自民党の国会議員として、応援演説に伺ったところでありますが、」
「誤解を招く発言については撤回し、そして、お詫びを申し上げているところでございます。」
「誤解を招きかねない発言であったことから撤回し、お詫びを申し上げているところでございますが、」
「私の意図はあくまでも自民党員として、自民党の候補者を応援に伺っているところでございます。」                   (防衛省発表「防衛大臣記者会見概要」より抜き書き)
まだまだありますが、このあたりでやめておきます。

これをまともな表現に書き換えますと、
「今日も含めて、一昨日の演説の直後に二度趣旨は説明いたしましたが、今日冒頭でも明確にさせていただきました。」
「こういう趣旨を繰り返し申し上げてまいりましたし、・・・」
「誤解を招きかねない『防衛省・自衛隊、防衛大臣』のところは撤回をしております。」
「私は自民党の国会議員として、応援演説に伺ったわけですが、」
「誤解を招く発言については撤回し、そして、お詫びを申し上げております。」
「誤解を招きかねない発言であったことから撤回し、お詫びを申し上げておりますが、」
「私の意図はあくまでも自民党員として、自民党の候補者を応援に伺っているわけでございます。」     
どうして、こんなフツウの言葉が使えないんでしょう? そこに何ものかが潜んでいるようです。
政治家や役人の口から「ところです」、「ところでございます」が出て来たら、何かを守ろうとしているんだな、と思って間違いありません、と推測しているところであります

2017/7/18 火曜日

日野原重明さん逝く

Filed under: よもやま,広報 — Kimi @ 14:05:40

日野原重明さんが亡くなりました。
医療機器会社にいたころ、何度かお目にかかりました。すでに90歳代だったかと思います。日野原先生に関しては、いろいろな思い出がありますが、その一つ。
社内報の取材で、元気のよい女性の部下が二人、先生の取材に赴きました。帰社した二人をみるとグッタリした顔をしています。
彼女らによると、取材が終わったら急に強い疲労感に襲われたのだそうで、「なんだか日野原先生に精気を吸い取られてしまったような気がします」
偉大な人物への取材なので特別に緊張したのかもしれませんが、日野原先生の元気は若い人から吸い取った精気によるものかもしれないと、私ではなく、彼女らは信じ込んでいたのでした。実話です。
ご冥福をお祈り申し上げます。

2017/7/11 火曜日

メラビアンの法則

Filed under: よもやま,広報 — Kimi @ 14:42:00

「人は見た目が9割」などと誤解、というより意識的に悪用されまくっている感があるメラビアンの法則ですが、正しく説明しようとすると意外に難しい。広報のセミナーなどでは、シンデレラの継母を例に説明しています。
家中をきれいに掃除したシンデレラが継母に「お母さま、掃除はすべて終わりました」と報告します。すると継母は、シンデレラを睨みつけながら、「そうかい、それはよくやったね、シンデレラ。オマエはよく働くいい子だね」と言います。そのときシンデレラは、継母の表情や語調から、継母が本当の気持を述べてはいないと見抜いてしまいます。
学問的な正確性には自信がありませんが、これがメラビアンの法則です。
しかし、もっとよい例がありました。昨今のモリカケ問題に関する政府答弁です。与党政治家や官僚が言葉では否定したり、しらばっくれたりを延々と繰り返していますが、テレビ中継を見ている国民は、それが真実ではないことを、彼らの表情や態度や言い方から十分に読み取っています。彼らには、内容には問題があっても、「人は見た目が9割」といった本を読むことをお薦めしたいですね。

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