小確幸なひるげ in半蔵門

まだまだ寒い日もありますが、春を感じるひとときが多いこの頃です。
なんだかうきうきしませんか?
私の義母はこの季節になると、「春は臆病者やから、なかなか来いひん」と言います。粋なフレーズです。
季節は三寒四温を繰り返し、確実に春へと近づいています。

さて、うきうきするのは春の訪れだけではありません。
作家の村上春樹さんは「小さいけれど確かな幸せ」を「小確幸(しょうかっこう)」と名付けていらっしゃいますが、当社のある半蔵門はそんな「小確幸」溢れる町です。
なぜって?
それは、ランチタイムにどこに行こうか考えるのが、すこぶる楽しい町だから、なのです。

この日はみんな出払っており、ひとりの昼食。
行先決定サミットを胃袋としばし開催した結果、『汐風』さんに決定です。
それは麹町大通り沿いにある、お魚がとても美味しいお店。
ひとりでカウンターでご飯を食べながら、短冊紙に書かれた夜のメニューに思いを馳せるのも、これまた、いとおかし。

この店の「汐風定食」は、日替わりのお魚が2種類付く、とってもお得なメニューです。
普段の私はあまり真剣にメニューを吟味せず、席に着くやいなや、ひと思いにこの「汐風定食」を注文してしまいます。
ところが先日、お隣さんが金目鯛の煮付けを召し上がっていらっしゃり、その美味しそうなこと!
よーくメニューを見てると「大サービス! 金目鯛のかぶと煮」と隅っこにちょっこりと書かれており、至極反省。
次回からは、必ずやメニューと真剣対面することを心に誓ったのでした。

前回の反省を思い出し、今回はお店に入る前にメニューを吟味します。
嬉しいことに、金目鯛がメニューに上がっているではありませんか。しめしめ。
この日の「汐風定食」も魅力的なコンビネーションでしたが、かぶと煮を注文することにしました。

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日ごろからあまり「かぶと煮」に親しんでいない私は、どこまでが「可食部」なのか手探りでぎこち悪く不格好。まさに気分は川口浩探検隊。ほー、こんなところにもお肉があるんだ、と新たな発見があります。
途中、ふと、魚の頭の中に箸で侵入していくにつれ、人間の頭がい骨で祝杯を上げたとされる織田信長ばりに、「私って歌舞いちゃてるかも」と思いつつも、ちょうど良い甘さの煮汁にふっくらと炊かれた鯛を頬張れば、ご飯がすすむ、すすむ。これまた「小確幸」な昼下がりです。

でもこのメニューは、ひとりではなく、みんなで「おいしいねぇ」と言いながら食べたほうが、より美味であったに違いありません。
次回は是非、食いしん坊の名高きココノッツのメンバーと一緒に来なくては。

 『汐風』
千代田区麹町4-2 北島ビル地下1階
電話:03-3265-6097
http://www.shiokaze.co.jp/
ランチ営業:月~金11:30-14:00(土・日・祭日休)

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波打つ硝子

東大病院へ行くには有名な赤門ではなくて、本富士警察署の横の龍岡門から入るのが便利。病院行きのバスもそこを出入りしています。その龍岡門の前に一軒の古めかしいお煎餅屋さんを見つけました。
私、塩煎餅が大好きです。それもスーパーで売っている袋詰めではなくて、煎餅屋で売っている煎餅が好きなんです。好きが高じて「浅草・谷根千の煎餅」というサイトまでつくったことがあります。このサイトは5年間ほど、ほとんど更新をしていないので、すっかり情報が古くなってしまいました。近々取りつぶすつもりでおります。
そんな煎餅好きですから、店を見つけたら買わずに帰るわけには行きません。いまにもモゲてしまいそうな真鍮のノブを回し、上下でワナワナとたわむガラス戸を開けて店に入りました。奥に声をかけると、「はい」と小さな声が聞こえて老主人が出てきました。
煎餅30枚を包んでもらいながら
「おたくは古いんですか?」
と思わず出てしまった質問に、老主人の答えは、
「そこから斜めに窓硝子をみてくださいよ」

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これこそ迷回答にして、類い希なる名回答と言わなくてはなりません。
「ああ、波打ってますね。これは戦前の硝子ですね」と私。
「ここらへんは戦災でみんな焼けちゃったので、戦後間もなくなんですがね」
いまの板ガラスが極めて平滑です。斜めから見ても波打つなんてことはありません。しかし、昔は生産技術が未熟だったので、庶民の家に使うガラスはかすかに波打つのが当たり前だったのです。

老主人は、私の年格好をを見て、「硝子を見ろ」と言ったのでしょうか。硝子を見ただけで、答えがわかる人はある年代以上に限られます。
「あの頃は、硝子ビンにも泡が入っていましたね」と私。
「ほら、ここいらのビンにも泡が入っているでしょう」と老主人。
この店では、小さいあられの類はアルミの蓋のついたビンに入れて売っています。昭和40年代まで、こういう入れ物に飴やお菓子を入れて、量り売りをしているお店が多かったんです。
「この蓋もアルミだとわからない人が多いんですよ」
まさか。でも、そうかもしれないな、と思い直しました。
「江戸あられ 竹仙」というお煎餅屋さんです。これからもずっと商売を続けてほしいものです。〈kimi〉

『一瞬の風になれ』

ちょっと古い話ですが、昨年の北京オリンピックでは、陸上4継(4×100mリレー)で36歳になる朝原選手率いるチームが、トラック競技として日本男子に初のメダルをもたらしました。選手たちの喜びが爆風となってTVの画面から吹き出してきたあの瞬間を思い出します。

でも、正直いえば、リレーなんて中学校の運動会位しか経験のない私の脳裏にちらっと浮かんでしまったのは、米国など強豪2チームがバトンパスで失敗しなかったら、日本のメダルはなかったのかな〜ということでした。
この銅メダル獲得のニュースが流れたあと、「一瞬の風になれ」という小説が話題になったのをご存知でしょうか。高校陸部の100mスプリントの選手 を主人公にした小説です。最近、この小説を見かけて、ぱらぱらと読み始めたら、これが実に面白い。通勤電車の中はもちろん、乗換えのエスカレータや階段で も目を離せず、危うく階段を転げ落ちるところでした。
高校に入学した主人公が夢をみて、挫折して、淡い恋をして、人間関係に悩にながらも人間的に成長していく様子を心理描写を通して緻密に描いていま す。読んでいると、私までジャージ姿になって、その中に入り込み、一緒に遠征のバスにも乗り込んでしまうのです。 (あの〜ですね、想像するのはやめてくださいませ。)
とにかく、部活に熱中する高校生たちも、コーチもライバルも実に個性豊かで魅力的なのです。そして、なによりこの小説は陸上の100m、4継の何たるかを教えてくれます。
先のオリンピックの話に戻ると、世界の100mスプリントが9.6秒台に突入した今でも、日本に9秒台で走る選手はいないのだそうです。400mト ラックを4人で走る4継は足の早い選手が集まったチームが早いに決まってます。でも早い選手だけをそろえて走れば一位になれるかというとそうではないとこ ろが面白い。アンカーで走った朝原選手は和製カール・ルイスと呼ばれ、カール・ルイス並みのスタートダッシュなので、かつての三走の選手はバトンパスで彼 に追いつけないのではないかと思うほどだったそうです。4人が全速力で走り、尚かつ、つまりもせず、絶妙なタイミングでバトンをつなぐ。お互いを信頼しきっ て、一瞬の迷いもなく、バトンパスを成功させたチームだけがメダルを手にすることができるということです。
やはり、北京オリンピックでの4継の銅メダルは凄かった!あの4継の4人が日の丸を広げ、思い切りいい顔している写真をみて、改めて感動してしまいました。青春時代にタイムスリップしたい方、「一瞬の風になれ(3巻)」をお試しあれ。くれぐれも階段での読書にはお気をつけあそばせ! -araki-

「一瞬の風になれ」(講談社:佐藤多佳子 2006年 全3巻)

この季節

インフルエンザの季節がようやく過ぎようとしています。と思ったらスギ花粉がもうやって来ました。なんともうとましき季節ではありますが、そのようなこの季節に、私はうるわしき一つの真理を発見したのでした。
毎日、通勤電車の中で、この真理を補強すべき傍証の数々を発見しております。ひょっとすると世界的発見かもしれません。

その真理とは「この季節には美人が増える」というものです。
インフルエンザや花粉症の予防のために、この季節にはマスクをしている人がぐっと増えます。マスクをしていると、目から上だけが衆目に晒されることになります。その眉毛とまつ毛と目との三点セットにおいて、実に美しい方が多いのです。そう思いませんか。
ある日の電車の中で見つけた女性など、名人の筆を思わせる整った眉、ナチュラルな長いまつ毛とくっきりしたアイライン、黒眼がちの憂いに満ちた眼差し。実に美しい。すっかり魅せられてしまいました。彼女が降りる駅までずっとお付き合いしたいと思ったくらいです。こんなことを書くとスケベオヤジそのもののようですが、美しいものは断固美しいのです。もちろんストーカーに間違われそうなことはせず、清く正しく後ろ髪を引かれる思いで、途中下車いたしました。
これは一体どういうことでしょうか。顔を構成している主な構造物には、上からオデコ、眉、まつ毛、目、鼻、口、唇、歯、アゴがありますが、目から上の構造物だけを見せると美人に見える確率が高くなる。ということは、鼻から下の構造物を晒すと「それなり」になりがち、ということにもなります。

ここでフェミニストやセクハラ撲滅運動に従事しておられるみなさまに、一言エクスキューズして置く必要がありそうです。私は決して誰が美人で、誰が「それなり」といった特定の方のことを申し上げているのではございません。あくまでも真理の追求が目的であります。

話を戻します。
美人か「それなり」かという人生を左右する大問題については、オデコ、眉、まつ毛、目よりも、鼻、口、歯、アゴにより大きな責任がある、ということになります。
なぜそうなるのか? 一つの仮説は、目から上の構造物は動きが少ないということです。それに比して、鼻から下の構造物は可動性が高い。動くとボロを出しやすいのかもしれません。
もう一つの仮説は、上に比べて下の方が可塑性が高いというものです。つまり、いろんな形が可能になるということです。いろんな形がつくれると、それだけ失敗確率が高くなると考えられます。
例えば歯です。出っ歯、受け口、乱ぐい、虫喰い、変色などなど、形がさまざまで、それが上がったり下がったり、むき出しになったり、隠れたり。ここに唇という可動性と可塑性にとくに優れた構造物がからむのですから、これらを用いて美を表現するのは極めて困難になります。
そこへ行くと目は、多少の大小、上がり下がり、一重二重等々はあるものの、大きく形態が変わることは少ないと言えるでしょう。動きと言えば、開けるか閉めるかしかありません。これは失敗のリスクが少ない。
と、こんなロジックをもって、マスクの季節には美人が増える、という真理の追求をしてみました。
もちろん例外も少なくありません。また、この真理は男性にはまったく当てはまらないようです。その理由はいまのところ定かではありません。〈kimi〉

ビミョー

「ビミョー」と若い世代の方がおっしゃるのは非常にビミョーでありまして、「微妙」の本来の意味からは微妙にずれているようでもあります
広辞苑第六版によれば、「微妙」は「(1)美しさや味わいが何ともいえずすぐれているさま。みょう。(2)細かい所に複雑な意味や味が含まれていて、何とも言い表しようのないさま。こうと断定できないさま」。
ビミョー」はもっぱら(2)の「こうと断定できないさま」に近い意味で使われているみたいです

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さてこの写真。
モルタルは長年風雨にさらされると、あちこちにヒビ割れが入ってきます。そこから水が浸入すると建物を腐らせる恐れがあります。早めに補修しておくに越したことはありません。とは言っても、全面的に塗り直すとなると手間も費用もかかります。そこでヒビの部分にだけに上塗りをするということになる。いずれ全面的に塗り直すとして、当面はこれで建物への影響を防止できる。その間の見てくれは我慢しようと、ま、そんなところだろうと、この壁を見て考えました。
さて、この壁をもう少し引いた場所から撮ったのが下の写真です。

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この位置から見ると意匠、つまりデザインの臭いがしないでもない。このマダラ模様を黒くすると、Gatewayというパソコンメーカーのパッケージに似ています。明らかに人為的なものを感じますが、デザインのように見せかけた上塗りであるという線も捨てがたい。実にビミョーなのであります。〈kimi〉

印象の良し悪しを決める要因って

今朝は千代田線の遅れにより、いつもと違うルートで出社をしました。
車内からは、日差しの降り注ぐ美しいお天気に見えたのですが、四谷の駅に降り立ってみると、ズラが飛びそうなほどの強風が吹き荒れています。
そんな中、麹町大通りを歩いていると、こんな看板が目に飛び込んできました。

「クオール薬局」

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この看板を見るやいなや、私は切なくて愛おしい気持ちに圧倒されそうになりました。
なぜだ?なぜなのだ?
薬局の看板を見てこんなヘンな気持ちになるなんておかしいぞ。
ちょっと深呼吸して、突如として現れたこの感情を分析してみました。

そうです。ビンゴ。
カンの良い人ならもうお気づきでしょう。
その名称はある人(というか動物ですね)と一文字違い。それは:
盲導犬「クイール」でした。

盲導犬は本当に偉い。主に仕えることを喜びとし、何の邪念もなく、真摯に自分の役割に取り組んでいます。
私は「クオール」という薬局を見て、なぜかきわめて関連性の薄い「盲導犬」である「クイール」を思い出し、胸ぐらをわしづかみにされるような気持ちになっていたのです。はい、私は疑いようのない妄想オタクであります。

何の良いイメージを連想する広告もCMも観ていないのに、数秒で入ったこともない場所を、自分にとって既知の良い印象を持つものに結びつけた結果、親しみを感じるとはちょっと凄いことです。
その名称とロゴを見ただけで、瞬時に、私の頭の中にはこのようなマッピングができたのでしょう。
・クオール薬局→盲導犬クイール→黒々とした潤んだ瞳の働き者で誠実な薬剤師さんがいるに違いない→よい薬局

調べてみると、クオールとは’Quality of Life’からきているようで、よく見るとロゴに下にもその文言が配置されています。
会社の設立は平成4年とのことですから、「盲導犬クイールの一生」の本が話題になるよりも前に設立されている会社でした。
「やられた!相手方の意図にまんまとはまった!」と思った私は、「この薬局は私のような多数の人の良い印象を連想する名前を採用したのでは?!」と直感的に思ったものの、そんなことはなかったのですね。仮にそうだったとしても、こんな「ワイルドな」連想をするのは、私だけなのかも知れません。

自分の勝手な思い込みによる連想でしたが、人々がもつ良い印象や悪い印象は、以外にも何の根拠もなく、いい加減な形で形成され、一人歩きしていくこともあるのだなぁと考えさせられた出来事でした。

みなさん、素敵な週末を。〈Banana〉