魚長挽歌

ココノッツのもう一つのブログにココランチ“があります。創業1周年記念行事として(ちょっと大袈裟ですが)、1年間に蓄積した麹町・半蔵門近辺のランチのお店情報をまとめて掲載することにしたものです
お昼を食べに出る距離には限度があります。おいしい店があっても、遠ければおのずと足が遠のきます。“ココランチ”に掲載しているお店も、だいたいオフィスから500mの半径のうちに収まっているようです。
新しいオフィスは、元のオフィスから直線で160mほど南西に位置します。半径の中心が移動したので、これから掲載するお店はその分だけ南西に移動することになそうです。これまでは新宿通りの北側の一番町近辺のお店でランチをとることが多かったのに対し、今後は南側の平河町や紀尾井町方面に足が向きそうです。
そんな折も折、“ココランチ”イチオシのお店が閉店してしまいました。二番町の裏道でひっそりと営業していた「魚長」さんです。魚屋さんが始めたお店で、刺身も焼き魚も飛びきり新鮮でおいしくて、半径500mの縁に当たるにもかかわらず遠路何度も足を運びました。
どのような経緯で店を閉めてしまったのか、情報はまったくありません。ランチばかりでなく、一度は夜に訪れてみたいと思いつつも果たせずに終わりました。返す返すも残念です。ご年配のみなさんが切り盛りしておられたので、少々気がかりでもあります。魚長で大もうけして、「これからはのんびりやろうや」という理由での店じまいであれば結構なんですが。〈kimi〉

新オフィスとお囃子の関係

とうとう新しいオフィスに引っ越してまいりました。「とうとう」というのは、「ふ~」という気分を表現しております。いやはやオフィスの移転というのは手間のかかることです。
で昨日、ダンボールから荷物を取り出して整理を始めたところ、窓の直下から突然お囃子が聞こえてきました。麹町三丁目町会の主催するお餅つき大会が始まったのです。

オフィスの窓から

町内と言ったって、都心の真ん中ですから住人はそんなに多くはありません。しかし、毎年ちゃんと餅つき大会とお祭りをやっているのだそうで、さすがは伝統ある麹町です。
お囃子

では、なぜそれが新オフィスの真下なのか。今度のオフィスの大家さんは、町会長さんにして、由緒正しき(その由緒は長くなるので省略)料理屋兼仕出し屋さんのご主人だからであります。
そんなわけで引っ越しの日の昼食は、テントの下で振る舞われたお餅と豚汁とおでんですませてしまいました。
最後に写真をもう一枚。いいですねえ、こんな顔のいる麹町です。
麹町の顔

〈kimi〉

仕分けって難しい

引っ越し準備
ただいまココノッツは来週の引っ越し準備でおおわらわです。夜逃げじゃありませんよ。これまでのオフィスがあまりにも手狭になったので、多少広いところへ移転することにしたのです。床面積は増えるのですが人数も増えるので、一人当たりの面積はかえって狭くなります。効率化と申し上げておきましょう。

移転先はすぐ近くです。近くであっても、荷づくりをしなければなりません。この際、不要な書類や資料を整理しようと考えるは当然です。ところが、その作業には実に莫大なエネルギーを要します。肉体よりも精神のエネルギーの方です。この資料は将来必要になるかな、二度と使わないかな、と一つ一つ判断を繰り返しているうちにクタクタになってしまいます。
1年間一度も使わなかった書類は廃棄!と割り切る方法もあります。しかし、2年目に必要にならないとも限りません。クールな論理ではありますが、合理的とは言えません。工場の5S活動(整理・整頓・清掃・清潔・躾)のような管理方法は、知的労働にはそのまま適用できない、というのが私の長年の主張です。

若いとき、生まれ育った一戸建てをたたんで公団3DKへ越すことになりました。かなりのダウンサイジングですから、大量の家財を処分しなければなりませんでした。少々悲しい気分で捨てまくりました。処分した物のほとんどは、その後必要となることはありませんでしたが、いまもって「しまったな」と悔やんでいるものがあります。
子どもの頃からのクルマ好きで、1950年代後半以降の内外の自動車のカタログを大量に集めていました。一方、ちょうど引っ越しをするときに夢中になっていたのは釣りでした。釣り具のカタログもまた大量に持っていたのです。さて、どちらを処分すべきか。そのときの私はクルマの方を選びました。蒐集したカタログのような外国高級車やスポーツカーを所有することは一生あり得ないだろうと判断したのです。その判断はまったく正しく、いまに至っても所有しておりません。しかし、カタログを捨ててしまったのは間違いでした。いま持っていたら、「なんでも鑑定団」ものだったかもしれません。釣り具のカタログは引っ越しの5年後にすべて捨ててしまいました。いま、釣りをすることはまったくありません。クルマにも興味を失いましたが、あのカタログにだけは無念さが残ります。
というわけで資料の仕分けには神経をすり減らすのです。もうクタクタ。〈kimi〉

まだ読んでません

年末にこのブログで、朝日と日経の書評欄から「読んでいない本」を10冊ばかり選びました。
正月休みを過ごしたいま、まだ一冊も読んでおりません。それどころか買ってもおりません。まったく私は読書家ではありません。
言い訳をすると、近所の本屋に立ち寄った折り、橋本治の小説「巡礼」を探したのです。しかし、売っていませんでした。近頃の書店の現状はまったく嘆かわしい・・・と、本屋の悪口を言っても仕方がありません。

速読法というものがあります。1週間に10冊読める、100冊読めるというものです。これには私は一定の評価をしております。つまらない本は1ページ10秒ほどで読み飛ばしているんです。当初はそんなことして大丈夫かと不安があったのですが、速読ノウハウ本を立ち読みしつつ速読したところ、「それでよいのだ」と自信を持つに至りました。電車の中に広告を出しているようなビジネス書は、それで十分です。
しかし、やはり私は多読家ではありません。読みたくもない本を半ば強制的に、あるいは義理で読まされる場合しか「速読法」は使いません。
知り合いの大会社幹部に、毎年ナン百冊かを読むと自慢している男がいます。優秀なビジネスマンであることは間違いありません。雑学に通じてもいるのですが、人格については、とくにほめるほどのことはありません。読んだ本の数を出世の道具に使っているフシもあります。本の数とTOEICの点数は別物だと思うのですが。
かと言って、本を読まない大人物というのも、例外はありそうですが、身近には見あたりません。読書量と人間の価値との相関係数はたぶんそれほど高くないだろうと、読んでいない本のリストを眺めつつ想像しております。〈kimi〉

去年今年

 去年今年貫く棒の如きもの

毎年、新年を迎えるとこの有名な高浜虚子の句を思い出します。
2009年から2010年へ、今年3年目を迎えるココノッツにとっての「貫く棒」とは何か。また、私にとっての「貫く棒」とはなんだろう。そんなことを考えながら年の初めを迎えました。
ココノッツが貫くべき棒とは、弊社のサイトに掲げている「ココノッツの企業理念」や「ココノッツは、こう考えます」の通り、製薬企業や医療機器企業をはじめとするヘルスケア産業のコミュニケーションをお手伝いすることによって、有用な医療情報を広く社会へお伝えすることです。これについては道半ばどころか、まだほんの緒についたばかりです。この棒をそう簡単に曲げることはできません。
私自身の貫くべき棒の一つは、ココノッツの棒が曲がらないように舵をとりつつ、さらに太く伸ばすことにあります。そのような決意で迎えた年の初めでした。

と、正月用にきれい事を言ってしまいましたが、一個人としては年々棒がやせ細って来ていることを自覚しています。グッと貫く力が弱まっています。と同時に、まっすぐ貫こうとするよりも、少々曲がってもいいじゃないか、その方が面白いじゃないかとも考えるようになって来ました。ところがですよ、これまでの棒が意外に堅くて、容易には曲がらないんです。細いくせに柔軟性がなくなりつつある。困ったことですが、それが人生の難しいところなのかもしれません。

 去年今年貫く棒も細くなり                〈kimi〉