Bookish atmosphere

「この本は面白いからぜひお読みなさい」と推薦されることほど迷惑なことはありません。本を読まないという人は論外として、一般に本は読み手の興味や関心によって選ばれるべきものであって、それ次第で面白いかつまらないかが決まります。義務や義理で読まされるのは教科書くらいにしてほしいものです。
ところが困ったものです。人生の残り時間が気になる年齢ともなると、自宅で大きな場所をとっている蔵書の行く末をどうしたものかと悩むようになるようです。息子も娘も本などに関心がない。ましてや親父が集めた古書など手に取る気はさらさらない。始末してから逝ってくれなどとイヤミの一つも言われかねません。読書家、蔵書家ほどこのような悩みは大きくなりますが、最近は学術書、思想書、文芸書などのお堅い本は古書店でもさっぱり売れないようで、紙屑としてならともかく、書籍として売り払うのは容易でないそうです。そこで、知り合いに少しずつ押しつけて身軽になろうという方法論を思いつく人が出て来ます。あの人ならこの本は喜ぶだろうと当て推量でお持ちくださるのですが、たいていはハズレます。

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先日いただいたのもその類で、パラパラとページをめくっただけで本棚に突っ込んでしまいましたが、当方のお粗末な蔵書も行く末が定かでないところに、またまた債務を背負わされた気分になりました。
世の中では整理整頓、断捨離などとモノを捨てる生活や収納の名人などが持て囃されているようです。それに異論はありませんが、本だけは別だという論者も少なくないようです。
そこで思い出したのが、大学の英文講読の時間に読まされた英国の文藝評論家ベネット(Enoch Arnold Bennett 1867-1931)のテキストにあったbookish atmosphereという言葉。人間の生活には本のある環境がとても大切だ、という意味のことが書かれていたと記憶しています。本を処分しない、あるいはできない言い訳に、この言葉はとても便利に使えそうです。しかし、やはり何の解決にもなりません。〈kimi〉