泣く子と地頭には勝てぬ

〈道理をもって争っても勝ち目のないことにいう。泣く子のききわけのないことを、鎌倉時代の地頭の横暴なことにかけていったもの。(広辞苑)〉

ある女性管理職は多くの成果を挙げてはいるのですが、しばしば理屈に合わないことを言い出します。部下でも上司でも、それに異を唱えると烈火のごとく怒り狂い、最後は泣き出してしまいます。とても手が着けられないので、やがて彼女に対しては、誰もが腫れ物に触るように接し始めました。上司はそれとなく逃げ、部下は黙って従いました。かくして彼女の部署は独裁者が支配する閉鎖社会となってしまったのでした。セクハラとかパワハラなどという言葉が生まれる以前の話です。

権力がどのようにして生まれるのか、フーコーをはじめ種々の難解な研究や考察があるものの、素朴に考えると「泣く子」と「地頭」の二要素に集約できそうな気がします。
泣く子はききわけがない、ということはいくら理屈を言っても通じないということです。しかし泣いている子を放っておくわけにも行きません。世のすべての権力者やワンマン経営者は理不尽なことを言い出します。「それでは整合性がとれません」などと抗議をしたところでなんの効果もありません。権力を持つ者は、それが無能力によるものか意志的なものかは別にして、理屈を理解する人間であってはならないのです。理不尽な命令だと思っても部下は無視できません。理屈を言い張って反発する部下には怒鳴りつけ、左遷させればよいのです。怒れば怒るほど権力は強化されます。居酒屋などで「彼は優秀なのだが物わかりがよすぎるんだよ」という出世の道を絶たれた同僚に対する人物評をしばしば耳にするのは、このことの裏返しです。
地頭は欲の塊です。自分の利益になることならどんな乱暴なことでも平気でする。それが強さです。「彼は欲がなさすぎるんだよ」という、これも居酒屋でよく耳にする人物評がその裏返しです。
欲は強ければ強いほど権力を補強するので、欲が弱いまま安易に理不尽なことを言い出すと、逆に権力を奪われる危険があります。泣く子と地頭は両者併せ持って初めて権力者となり得ます。
政治指導者から直属上司まで、行列のできるラーメン屋のオヤジから配偶者まで、上下左右じっくり観察してみてください。泣く子と地頭には勝てぬ、実に正鵠を得たことわざであることが理解できるはずです。〈kimi〉