チームワークのできない人

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日本人はチームワークが得意。その反面、個人主義が根づかないともいわれています。
シュートチャンスなのにパスを出してしまうサッカー日本代表選手などを見ていると、むべなるかな。先のウズベキスタン戦で、柴崎のロングシュートを追っていた岡崎が確実にゴールを決めることができたのに、相手ディフェンスを岡崎がブロックして、柴崎のゴールにしたのもフォア・ザ・チーム。その結果として、柴崎は岡崎に感謝する。他のチームメイトも岡崎に敬意を払うようになる。チームの団結力が強まる。チームが強くなる。そのチームが大きな戦績を挙げれば、その一員としての柴崎にも岡崎にも利益がもたらされる。荒っぽく分析すれば、そのような考え方が日本人に定着しているということでしょう。サッカーチームはそっくり企業に当てはめることができます。
長年外資系、内資系企業で仕事をしてきた経験からチームワークの重要性は理解しているつもりです。しかし、チームワークだけを重視してきたわけでもありません。ときには独断専行もしました。それが成功したことも失敗したこともあります。だからチームを優先すべきか個人プレーを優先すべきか、どちらとも言い切れません。たぶん二者択一ではなく、その中間のどこかに最適解があるのでしょう。
しかし、断言できることが一つだけあります。一人ではできないことがチームならできることもある、ということです。
また、個人プレーしかできない人の多くはとても自己愛が強い、あるいは自分だけの利益を大切にしている、ということも断言はしませんがほぼ確実と考えています。このような人はチームのメンバーから嫌われ疎外されますから、必然的に個人プレーしかできなくなってしまいますが、そのような人がよい仕事をする例も決して少なくありません。
ところが、大きな組織に属していると、自分が組織というチームに属していることを忘れてしまうという現象がときに起こるようです。大組織の寛容さに甘えて、自分で好き勝手に動いているような気になってしまう。しかし所詮は「お釈迦様の手の上」に過ぎません。組織を離れてみれば、自分一人では何もできないことがわかるはずです・・・が、わらない人もいるということを言いたかったのであります。〈kimi〉

語り継ぐということ

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日本が敗戦して今年で70年。敗戦当時10歳だった子どもも80歳です。
NHKの特報首都圏を見ていたら、ノンフィクション作家の梯久美子さんが、65歳でも20歳(だったかな?)でも戦争を知らないということでは同じだ、という趣旨のコメントをしていました。卓見というべきでしょう。

近頃、日本が戦争をして敗れたという歴史をすっかり忘れたかのような政治や社会の動きが目立ちます。
いま65歳の人が10歳になったのは1960年。「60年安保」の年に重なります。日米安全保障条約への反対運動には、日本が起こした戦争に対する反省と再び戦争に巻き込まれたくないという国民の思いが背景にあったことは言うまでもありません。10歳の子どもにどれほど理解できていたのか疑問ではありますが、その意識になんらかの影響を与えたであろうことは間違いありません。さらにその後の10年、20年を生きて行く中で、戦争経験者から多くの実体験を聞く機会がありました。毎年12月と8月にメディアで大量に流される日中戦争や太平洋戦争に関する報道にも接し続けてきました。
いま20歳の人が10歳だったのは2005年。その2年前にはイラク戦争がありました。戦争体験者の数も少なくなっていました。65歳の人と20歳の人が接触した戦争に関する情報量には絶対的な差があるはずです。
衆議院議員の平均年齢は50数歳だそうです。毎年、あるいは選挙のたびに、過去の戦争に関する情報受信総量の少ない政治家が増えて行きます。現在の政治の流れはますます加速する可能性があります。
戦争体験を語り継ぐ大切さを折に触れてメディアは強調して来ました。それに現実感を覚えることなく過ごしてきましたが、いまになってその重要性を切実に感じるようになりました。戦後生まれの私たちには、決して語り継ぐことができないのですから。〈kimi〉