「批判」は疲れる

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中小企業に勤める40代の会社員が言いました。
「最近、朝日新聞とかサンデーモーニングとか見るのやんなっちゃった。もうどうでもいいような気がして」
若い年齢層の保守化が指摘されています。“ここにもいたか”と思ったのですが、一方で“わかる気もするなあ”とも感じたのでした。
私は複数のTwitterアカウントを持っています。世の中の生の動向を知ろうと、それぞれテーマを変えて読んでいます。その一つに、現政権に批判的な学者やコラムニストや芸人たちを中心にフォローしているものがあります。毎日寝る前にそれをチェックしていますが、読んでいると何となく気伏せになってくる。疲れるような気分を感じます。
議論というものは本質的に緊張状態を作り出します。とくに批判は緊張状態を高めます。その正邪に関わらず、批判的な言論を読んでいるだけで無意識に緊張するようです。
たとえばどんな提案にも否定から入る上司っていますね。こういう人と話すときは緊張します。また、異論ばかり唱える部下と対するときもそれなりに緊張します。そんな職場では常に緊張状態が起こります。こちらに闘志があるうちは面白いですが、疲れてくるとそこから逃げ出したくなる。そのうち「もうどうでもいいよ」と妥協したくなります。
現政権側にでたらめなことが多くても野党支持者が一向に増えないのは、こういう心理も一因ではないか、と思いつきました。批判勢力が批判すればするほど、それを聞いている人たちは心理的に疲れてしまう。
40代会社員も、安月給での長時間労働で疲弊しています。新聞やテレビでこれ以上疲弊させられてはたまらない、という意識が働いているのかもしれません。何事にも「どうぞどうぞ」と言っている方が世の中丸く収まって平和です。見たくないものは見ない方が気分は穏やかです。1970年代、学生の反体制運動が盛り上がっていた頃、「私、何も壊したくないんです」と言い放った女子学生がいました。その気持がいまになって少し理解できる気がします。それでいいとは思いませんが。

ブログのタイトルを変えました

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ブログのタイトルを昨日からちょっと変えました。これまでは株式会社ココノッツの代表として書いていたので「ココノッツブログ」でよかったのですが、5月に代表をおりたので、書き手としての責任を明らかにするために自分の名前を入れることにしました。「君島邦雄のココノッツブログ」です。
お気づきでしょうか。このブログではこれまで「私は」という一人称をできるだけ使わないように心がけてきました。君島個人の考え方と株式会社ココノッツの法人としての考え方には、ほんの少し違いが存在するからです。しかし、もういいや。これからは自分の考えであることを徐々に強調して行きます。
また同時に、この「君島邦雄のココノッツブログ」のミラーサイトのようなものをこしらえました。「君島邦雄のGuessのかんぐり」です。
当面は両方のサイトに同じことを書くつもりですが、少しずつ枝分かれして行くかもしれません。まあ、やってみないとわかりませんが・・・。

神様仏様、なぜ写真がお嫌いなのですか?

飛鳥大仏
有名な神社仏閣ではたいていご神体やご本尊を撮影禁止にしています。あれはなぜでしょう?とネットで検索してみましたが、どうにも腑に落ちません。
信仰の対象にカメラを向けるとは何事ぞ、ということなら理屈もへったくれもありません。その神社やお寺のお考えなのですから。
しかし、そこまで考えているのかなあ、というのが素朴な疑問です。
仏像や美術品がフラッシュ光を浴びると褪色が進むからという説もあるようですが、明確に証明されているんだかいないんだか。ネットではよくわかりませんでした。フラッシュが問題なら、「撮影禁止」ではなくて「ストロボ禁止」にすればよさそうなものです。神社には仏像のようなものがありませんから、これは理由になりにくい。ご神体が鏡ならフラッシュなど跳ね返してしまうでしょう。
写真を撮る人が多いと人の流れが滞るから、というのも理由に挙げられそうですが、さびれたお宮さんでも禁止しているところがあります。ルーブル美術館では押し合いへし合いで観光客がモナリザを撮影しています。
著作権はとうの昔に切れているはずですが、ウチの所有物の写真を勝手に商業印刷物に掲載されてはたまらん。その際には掲載料をいただきたい、ということはありそうです。著作権法で「専ら美術の著作物の複製物の販売を目的として複製し、又はその複製物を販売する場合」は保護されることになっています。が、そういう事例を発見したらその都度個別に対応する、で十分なようにも思います。
繰り返しになりますが、撮影禁止に科学的な根拠はかなり希薄なのではないか、と強く疑っております。
上の写真は、明日香村にある飛鳥寺の飛鳥大仏です。日本最古にして1400年間ここに座ったまま動いていない唯一の仏像だそうです。国の重要文化財でもありますが、どうぞ写真を撮ってくださいと言われました。その理由は・・・伺うのを忘れました。残念。