nって何?

統計計算機
自宅の机のひきだしを引っかき回していたら、古い電卓を見つけました。おお、まだそこにいたのか? これはただの電卓ではありません。統計計算専用の電卓です。
学校時代に統計を習った記憶はありません。数列から先はさっぱり理解できなかった数学オンチですから、模擬試験の結果と志望校の偏差値以外に統計とか確率なんかに関心を持つはずもありません。偏差値だって、その本当の意味するところは知りませんでした。ところが、マ-ケティングの仕事などをカジるようになると、統計の基礎を知らないと何を言っているのかさっぱりわからんなあ、ということになってしまいました。nもσもチンプンカンプンではねえ。
本を読んでもよくわからず、ついにセミナーに参加しました。最初に受けたセミナーでは、どのように計算したのか覚えていませんが、その後に参加したセミナーではこの統計電卓の使用が前提となっていました。
セミナーで教わった計算方法などはすべて忘れました。しかし、統計がどのようなものであるかはおおよそわかりました。サンプル数やサンプルサイズの重要性もおぼろげながら理解しました。それはその後の仕事に大いに役立ったと言えます。
統計電卓の電池はすでに消耗しきっていました。そう言えば何年か前に電池を交換した記憶があります。それ以来一度も使わないまま、再び電池が切れたのです。なんかさびしい気がして、またまた新しい電池に入れ替えました。でも、また使わないうちに電池切れになるのかも。そんなことなら、いっそのこと厚生労働省に寄付しようかな。

初恋の味は・・・

カルピス
断捨離はくたびれます。体力を消耗します。精神的な疲労も思いのほか蓄積します。だからどんどん進めるわけには行きません。2週間にダンボール1箱ペースがやっとです。
先日、押入から1箱引っ張り出したら、古い写真がいっぱい入っていました。高校時代のスナップ写真、若いときカメラに凝って撮ったネガとプリント、子どもの写真、亡母が大事にしまっていた写真などなどです。一枚一枚丹念に見ていたら、それだけで1ヶ月はかかりそうで、考えるだけで疲労を感じます。
そこでパラパラとめくっていたら、思わぬ写真を発見しました。初めて好きになった同級生の写真です。と言っても写っているのはただの女子中学生。懐旧の情をもって眺めたのは事実ですが、少しもときめきません。「どうしてこの人を」というのが実感です。想い染めし相手を貶める形容詞は控えさせていただきますが、落胆してしまったことは白状します。20歳のときにこの写真を見たら違った気持になったかな。40歳だったらどうだったでしょう。そこのところはわかりませんが、この年になると極めて冷ややかに見てしまうのです。枯れちゃったのでしょうか。そう思うと少々残念ではあります。
カルピスが今年、発売から100周年を迎えるそうです。カルピスと言えば「初恋の味」なんてコピーがすぐに浮かんでくるのはある年代以上の人でしょうが、少しも甘酸っぱくはありません。この味は一体なんだろうとあれこれ考えて、やっと思いつきました。
初恋の味はホッピーの味
ホッピーだけをいくら飲んでも、苦いばかりで少しも酔うことはありません。

月刊住職は面白そう

月刊住職
今日の朝日新聞の出版広告をぼんやり見ていたら、「月刊住職」の広告が目にとまりました。以前にも書いたことがありますが、いつもいつもこの雑誌の見出しは面白い。
「都道府県寺院密度と寺院消滅予測度と住民幸福度はつながっている」というのは、どんな記事なんでしょう。お寺の密度が高いと幸福なんでしょうか。お寺がなくなると不幸になるのかなあ。そう言えば過疎化が進むとお寺も維持できなくなると聞きました。どんな相関関係なんでしょうね。
「学生減 宗門大学11校の現状とサバイバル」 お寺さんが経営している大学を宗門大学と呼ぶんですね。京都のさる宗門大学の職員さんによるFacebookの書き込みを読むと、関西から北陸、四国の高校や予備校を軽自動車で行脚して説明会を開いておられるようです。
「終活世代にせまる親の葬儀と自分の葬儀」 お葬式の専門家であるお坊さんも困っているんですね。ちょっと意外。
「なぜ寺に奥の院があるか」 なるほど。本堂のさらに奥、山の上に奥の院があったりしますね。なぜなんでしょう。
「お寺のライトアップを必ず成功させる秘訣」 現世的なテーマで、思わず笑っちゃいました。桜の季節に京都などに行くと、ライトアップする夜間だけ高い別料金をとるお寺が少なくありません。あれはどうも気に入りませんが、おいしいビジネスなのでしょう。
「佐渡にウサギ観音が現れた訳」 これはなんだかわかりません。在家の人間にはどうでもいいいいようなことだけど。
「人工知能は何を変えるか」 お寺にもAIを活用する余地があるのでしょうか。お布施の額と葬儀の参列者の数を読み取って自動的にお経の長さを変えるとか・・・?
この雑誌を宣伝するつもりはありませんが、なんとなくユーモアを感じます。小難しい仏教哲学や説教などは全くなくて現世利益に徹しているところが潔い。買ってみたい気もするし、1,740円は高いような気もするし。