2017年11月6日

(229)川崎病、患者が減ったのはうれしいが

 医療記者としていろいろな病気に関わってきましたが、深みにはまった度合いからいうと、間違いなく三本指に入るのが川崎病です。川崎病は日本赤十字医療センターの小児科部長だった川崎富作先生が1961(昭和36)年に初めて遭遇された小児病です。
 次々と患者が出て、50人の分析が専門誌『アレルギー』に初めて論文として載ったのが1967年春。それから何と50年。10月27、28日、東京で日本川崎病学会が開かれました。その最前列、車椅子で発表をお聞きになっていた川崎先生は満92歳です。
 他の病気と違って川崎病は疫学調査が充実しています。日本独特の病気らしいからと1970年にできた厚生省(当時)研究班が最初の全国調査をし、研究班がなくなった後は民間主導で2年ごとに行われてきました。自治医大の柳川洋教授 (公衆衛生) が長く担当し、いまの中村好一教授が後を継ぎました。
 その調査では川崎病の患者は1979年、82年、86年の大流行後は、ほぼ一貫して増え続けてきました。82年の数を超えた2013年からは、14、15年と3年連続で最高記録を更新しました。ところが、16年は15272 人で、なぜか15年を1000人以上も下回りました。
 学会では「患者数はピークを打ち、これからは少なくなっていくのではないか」「いや、まだわからないぞ」と話題でした。なにしろ原因不明の病気です。実際、近年では2001年と09年が前年を下回りながら、翌年には素知らぬ顔で増加復活しました。なかなかつかめない原因に「このまま少なくなって消えていってほしい」との研究者のやけっぱちなコメントもありました。
 親しかった日本心臓財団に協力を頼み、重松逸造先生をトップに日本の基礎医学者を動員した川崎病原因究明委員会を1982年に立ち上げましたが、成功しないまま解散せざるを得なかったのも痛恨の思い出です。
 初期は心筋梗塞死も多かった川崎病も治療法が進み、いまはさほど心配もいらなくなりました。それでも、年に15000 人もかかる病気が依然、原因不明のままなのは不可思議です。川崎先生がお元気なうちに解明できてほしいと祈る気持ちです。