2018年5月14日

(255)大川小学校の悲劇から

 東日本大震災で最も印象に残ったのは石巻市立大川小学校でした。子ども74人と教職員10人、計84人が津波の犠牲になりました。現場の建物、碑の前に山積みされていた花束が記憶に残っています。
 遺族23人が訴えていた賠償請求訴訟の二審判決が4月26日にありました。一審に続いて仙台高裁は学校の防災対策に不備があったとして、遺族の請求を認めました。これに対し宮城県と石巻市は「校長らが専門家並みの知識を持つべきというのは過酷」と上告、結論は最高裁に委ねられることになりました。
 次々にいろんなことが浮かびます。子どもが少なくなったのに、子どもの事故、事件が相次いでいます。通学路での交通事故、誘拐や殺人、学校での自殺、事故、災害、それに不可解な家庭での虐待などが毎日のように報道されています。何年しか生きられなかった子どもはかわいそう。そして突然、子どもを奪われた親の気持ちを考えると本当にやりきれません。
 大川小学校の親の憤りはもっともです。裁判官の温情が見えるような判決です。一方で県・市の上告理由もわからなくはありません。事件・事故のたびに責任と仕事が増えるのは働きを更に過酷にします。
 とはいえ、結果が悪すぎました。津波の浸水予想区域外といっても川べりです。避難計画がないから避難できない、というのも信じられません。どんな災害でも状況を的確に判断して対応することが子どもを守るべき大人の責任です。地震被害も建物倒壊、火災、津波、放射能と違いがあり、規模も無限です。倍の強さだと、経験が次の災害ではまったく役立たない可能性もあります。すぐわきに山がありながらそこへ逃げず、逃げようという子どもを逃がさなかった、という教師の責任は大きかったといわざるを得ません。
 自分や子ども、孫たちがこれまで、こうした被害を受けていない、という幸運に感謝すべきなのでしょう。